わたしは上手なけんかのやり方を知らない

同居人の彼とのけんかは、だいたいわたしが彼の行動に対して不満を感じたことがきっかけで起きる。

 
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不満の原因はほんの些細な(たとえば深夜遅くに帰ってくるときにうるさいとか、深夜に仕事の電話をかけているとか、食器棚のドアをちゃんとしめないとか、皿洗いをしたあとのキッチンの床が濡れているとか、干した洗濯物がシワシワのままだったりとか、洗濯かごをベランダに起きっぱなしだったりとか、コンタクトレンズの保存液のフタが開けっ放しだったりとか、お風呂のスイッチをつけっぱなしだったりとか、シャワーの蛇口を閉めきってなくて水がぽたぽた出ていたりとか、お風呂から出たあとの脱衣所が水浸しだったりとか)小さなことの積み重ねだ。

 

最初はわたしが気がつくたびに注意していて、彼は「気を付けるね」と答えてくれていた。注意した直後はしないけれど、時間がたつと同じことを何度も繰り返した。段々と注意するのも面倒に感じ、自分で後始末をするようになった。(つけっぱなしの電気はなにも言わずに消して、水浸しの床はついでに雑巾がけもしておく)

一緒に住み初めてから半年で、こんな小さなことでいらいらしてしまう自分が嫌になった。いらいらしてしまうのは、仕事でも残業が多く、自分の時間がとれなくなって毎日とても疲れていたからかもしれない。

 

 

そんな生活が数ヵ月続いたあるとき、ふと、仕事で作っている資料を思い出して、彼にこう提案した。「これを買ってみない?」

 

数日後、我が家に珪藻土でつくられたバスマットがやってきた。彼がお風呂あがりに水浸しにする床は、もうバスマットによってなにもしなくても乾いてくれ、わたしが拭かなくてもよくなった。

わたしはその夜ほんの少しだけ泣いた。たくさんあるうちのひとつだったとしても、我慢しなきゃいけないことが減ったからだ。

 

次の日わたしは食器棚のネジをドライバーでまわしていた。彼が食器棚のドアを半開きにしてしまうのは、立て付けが悪いからだと気がついたからだ。丁寧に調整すると食器棚のドアはスムーズに開け閉めできるようになった。食器棚のドアが半開きになることももうなかった。

 

わたしは、悪いのはわたしでも彼でもなく、環境だと思った。仕事では総務部として働いていて、ユーザー(会社で働く人たち)が過ごしやすい環境を整えることのお手伝いをしている。考え方としては、ユーザーに依存せず、環境を変えることでできるだけ多くの人が過ごしやすいものにするということだ。これは、今のわたしと彼に必要なことだと思った。がさつな彼が悪いのでもなく、神経質気味のわたしが悪いのでもなく、ちょっとまわりを整えたら改善できる問題だと気がついたとき、わたしはほっと胸を撫で下ろしていた。まだ彼と一緒に暮らしていけると自信を取り戻した。

 

一緒に住み始めてから1年と少し経ったころ、わたしは勤務先が変わり、仕事で嫌がらせにあった。仕事でよかれと思ってやった行動が悪目立ちしてしまい、それ以降、同じ部署の人たちから悪口を言われ、上司の目のないところでは無視をされ、わざと残業させられるような対応をされ、ミスをなすりつけられた。

本当に悔しくて悲しくて、とても辛かったけど、理解してくれる人もいたからなんとか毎日を乗りきっていた。

 

勤務先が変わってから、生活時間も大きく変わっていった。それまで彼を見送ってからごみ出しをして仕事に向かっていたのが、彼がようやく起き出す頃には家を出なければならなくなった。ごみ出しをする時間も惜しいので、彼にごみ出しを頼んだ。乗り気ではなかったが彼は引き受けてくれた。

 

それから数週間で、家はだんだんと散らかり始めた。彼は毎日ごみ捨てはしなかった。忘れているのか起きられなかったのかはわからないけれど、出し忘れたごみ袋はごみ箱につけられたままだった。

ためしに、夜のうちにごみ箱からごみ袋を取り出して取っ手を結んですぐに出せるようにして玄関においてみると出し忘れることが減った。ここまでお膳立てしなければごみ捨てもできない彼をわたしは腹立たしく思った。用意するのも手間に感じて、結局ごみ出しもまた自分でするようになった。朝は5分早く起きるようになった。部屋は綺麗に戻っていたが、わたしは毎日あくびをするようになっていった。

 

わたしがそういう風に大変だったとき、彼はなにも言わなかった。察してほしいと思ったが、それも無茶な願いなので言葉で伝えるように努力していた。家事をもう少しやってほしいと言うと、もうやっていると返された。わたしからすると、どう考えても全体の3割にも満たないはずなのに、彼は家事をやっていると思っていることに驚いた。そのときにちょうどブログで見かけた「家事を見える化する」ことをさりげなく取り入れて、家事をしたらLINEで報告するようにした。彼が家事をしてくれたときはわたしからありがとうと送った。2週間経ってから数えてみたらわたしが17回報告を送って、彼へのお礼は3度だけだった。思っていたより負担に差があった。

 

改めて彼に家事をやってほしいと伝えた。できるだけ具体的にお願いした。「自分が使った分だけでも、皿洗いをしてほしい。流しに食器がたまると排水溝を掃除しにくいし、使い終わってすぐのほうが汚れも落ちやすい。時間がなくてできないときは、せめて水につけておいてほしい」

結局そのあとも、彼にありがとうとLINEを送る回数は増えなかった。

 

 

仕事の問題は、契約解消という形で決着をつけた。わたしは人間関係に問題があるから働きにくい、別部署に戻してくれと上司に訴えた。上司には別部署に戻るならもう出世はできないとやんわりと言われた。新入社員だった頃から色んな研修を受けさせてもらっていたわたしは、期待され続けていたが、嫌がらせから逃げることでその期待と出世のチャンスも失うことになった。それでも構わなかった。わたしはもうこの会社で働き続ける気持ちにはなれなかった。ただ、わたしが嫌がらせで辛いときにさりげない優しさで支えてくれた、慕っている先輩が元の部署にいるからあと少しだけその先輩の仕事を手伝おうと決めたのだった。

 

仕事ではある程度落ち着いたわたしだったが、今度は私生活でも悩みを何とかしようと家事をあまりしてくれない彼に「別々の家に住みたい」と伝えた。彼は別れたいということか、とわたしに聞き返した。そうではなかった。

 

家事をやってくれない彼にもいいところはあった。わたしが作った食事をおいしそうに食べてくれるところだ。料理をするのは好きだから、それは彼のなかで二番目に好きなところだった。

そして、彼は運転も得意だった。車を借りていろんなところへ旅行に行った。おいしいものを食べて、いろんな景色を見られる旅行は好きだった。

 

いろいろと努力したつもりではあるけれど、一緒に暮らす上でストレスが多く、一緒に住みたくないと伝えたら彼は別れたくないと言った。別れなくてもよいが別々に暮らしたいのだと伝えても、彼にとって別居と破局は同義のようだった。わたしは別れてもいいから別居したいと思った。彼は違った。別れたくない(別居したくない)とずっと言っていた。それはそうだろう、お母さんがいなくなったら困るだろうから。

 

冷静に、毎回なにかけんかになりそうなときは「これはこうだから嫌だ。できればこうしてほしいがどうだろうか」とわたしは相談していたつもりだが、彼はいつも感情的にいやだいやだと突っぱねていた。できないならできない理由を教えてほしかった。それなら、できる方法を一緒に考えたのに。

この夜は「そうやって淡々と話すのなんなの?なに考えてるかわかんない」と言われた。こんなに言葉を尽くして説明してるのに、わかってもらえなくて悲しくなった。

 

彼は怒ると言葉遣いが荒くなる。わたしはいよいよ耐えかねて、もうこれ以上一緒には暮らせないと言い残して家出をした。一緒に住み始めてから初めてのことだった。その夜は知り合いに付き合ってもらい、映画館でミッドナイトショーを見た。「怒り」というタイトルはそのときのわたしの気持ちだった。

上手に自分の怒りを伝えられたなら、わたしは彼とこのままやっていけたんだろうか。

 

映画館を出てもすぐにはスマホの電源はつけなかった。着信が着ていても着ていなくても嫌な気持ちになると思ったからだ。電車の時間を調べるために電源はつけたけれど、結局始発で帰るときまで彼から連絡があったかどうかは見なかった。

 

朝、家に帰ると、トイレの電気のスイッチがつけたままだった。流しにも汚れが乾いてしまったお皿があった。見なかったことにしてシャワーを浴びてイヤホンをつけて音楽を聴きながら寝た。悪夢を見た気がした。