もう結婚しちゃおうよ、の答え

3年以上付き合った私たちが別れる原因となったのは、けんかの後に彼から出た「もう結婚しようよ」という言葉だった。彼とは結婚を視野に付き合いはじめたし、それなりに結婚願望もあったけれどわたしは彼との生活に不満ばかりだったので「もう結婚したくない!」と返事をしてわたしたちの生活は同棲から同居へ姿を変えた。

 

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彼からプロポーズをされたのは、これが実は2回目だ。1回目は、とても書けないような怖い思いをしたときに、彼が「次にちえりが結婚したいと思ったときに、結婚しよう」と言ってくれた。今までの人生で一番驚いた瞬間だった。いつかと夢見たプロポーズとはかけ離れていて、少しだけ彼に照れながら怒ったのを覚えている。その時はプロポーズが嬉しかった。

 

でも、2回目のプロポーズのあと、わたしと彼は恋人関係でなく、ただの同居人になった。結婚について悩んでいることを誰かに聞いて欲しくてブログを書き始めた。「家事とかお金とかもう面倒だしもう結婚しちゃおうよ」という彼と「そんな状態なのに結婚なんてしたくない」というわたしと彼のそれぞれの気持ちをブログのタイトルに込めた。

 

ブログを始めた当初は彼のことが理解できなくてとにかく部屋から逃げ出したい気持ちだった。だけど、いろんな人の考えを聞いて自分の悪い部分も認めることができ、改めて考える余裕ができた。でも、やはりもう一度彼とやり直したいとは思わなかった。

 

もう別れているが、一緒に住んでいるのでどうもその辺りが曖昧になってしまう。3年分の情がうつっているので、別れる決断をするのは難しかった。でも、もう決めたことだ。わたしは今の部屋の契約が来年の春まで残り数ヶ月残っているが、それまでに新しい部屋を探して出て行くつもりだ。

 

プロポーズをきっかけに、わたしは新しい選択をすることができた。結婚ではなく、(少なくとももう少しの間は)ひとりで生きて行く。女性の幸せは、なにも「結婚して家庭をもつだけではない」と自分の人生をもって証明していきたい。

【18時から半額】丸亀製麺が日本のクリスマスを変えてくれるまで待てない【釜揚げうどん】

 今年のクリスマスイブは、久しぶりに一人きりで過ごすことになった。上京してからは大学時代の講義終わりにゼミのメンバーと研究をしながら過ごすのが当たり前になっていたから気がつかなかったけれど、日本のクリスマスは一人で過ごすには世間の目が厳しすぎる。

 

テレビをつければコンビニやファストフード店がチキンとケーキを食べろと言ってくるし、買い物に行けばプレゼント用なら包装すると勧められる。どれもこれも、クリスマスは家族や恋人や友人と過ごして当然だという前提があってびっくりする。

ふだんはクリスチャンでもなんでもない人たちが急に信仰熱心になったわけでもないだろうに、みんなでクリスマスにのっかって騒いでいる。日本のクリスマスはやたらと曲解されて浸透しているんじゃないだろうか。

 

普段からひとりでの行動に慣れているわたしでも、初めてひとりで迎えるクリスマスはなんだか心苦しかった。

 

「お前はクリスマスに一緒に過ごす人もいないのか」

 

そう誰かに言われている気がした。なんだか情けなくて、クリスマスの飾りつけがされているカフェの居心地が悪くなった。

 

 

そんなとき思い出した。クリスマスは一年を通して自殺者が最も多いシーズンだそうだ。色んな思いがあって自死を選ぶ人がいるのだろうけど、やはりクリスマスは孤独感を強く感じやすくなるという影響もあるだろう。

 

街のレストランはどこも幸せそうな家族や恋人たちが楽しそうに食事をしていて、ふだんならひとりでのふらっと入れるわたしもさすがに躊躇していた。仕方ないから、家でなにか作って食べようかな、というときに丸亀製麺がおもしろい企画をしていた。

 

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▲丸亀製麺の公式Websiteのスクショ

http://www.marugame-seimen.com/

 

「きよしこの夜なきうどん」と銘打って、一人の夜は冷えますから、と主力商品の釜揚げうどんを半額で提供するというのだ。お一人様向けのサービス(一応ひとりで来店しなくても頼めるみたいですけど、カップルはおしゃれなレストランに行くでしょうし)で、ぼっちに優しい。ひとりで来店することを想定してくれているので、こんなわたしでも行きやすい。

 
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ということで、さっそく行ってみた。

釜揚げうどんだけだとさすがに悪いなと思ってかき揚げもつけたけど270円だ。

 

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20代のわたしでもまわりに浮かず、あったかいうどんをはふはふ言いながら食べられた。まわりには少しの家族連れと、男性2人組がいる以外はひとりで来店している客がほとんどを占めていた。店内にはおばちゃんが揚げたての天ぷらを勧める元気な声が響くだけで、だれもクリスマスを押し付けてこない平和な空間だった。久しぶりに丸亀製麺にきたけれど、釜揚げうどんはこんなにおいしかったっけなと少し驚いてまた来ようと思った。

 

店を出るとどこからともなくクリスマスソングが聴こえてきて、歩道の先にはカップルが手をつないだまま歩いてきていて、わたしが車道に押し出される形で避けてすれ違った。また少し寂しさを感じたけれど、おなかいっぱいのわたしは少しだけ強くなっていた。

 

願わくば、「誰かと幸せに過ごさなければならない’という考えが間違って定着してしまった日本のクリスマスが変わってほしい。丸亀製麺のように、ひとりでもいいと受け入れてくれる世間であってほしい。わたしのように、クリスマスにひとりぼっちなことを情けなく思わないでほしい。

 

たとえビジネスであったとしても、クリスマスで辛い思いをしている人を救うサービスをしてくれた丸亀製麺をわたしは応援する。もし、あなたがこの考えに少しでもいいなと思う部分があったのなら、今夜じゃなくてもいいから、釜揚げうどんを食べてみてください。

 

 

お知らせ

お知らせです。

 

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土曜日にはじめたばかりですが、このブログはあと数回の更新を残して、年内に更新を終わります。

 

もともとこのブログは、わたしが同居人との生活で溜めた毒を出していくために批判覚悟で始めたものです。いま悩んでること、困ってることをひとりごとのつもりで書き出していました。

最初の何回かは、書きながら泣いていました。思い出して辛くなって、悔しくて涙ぐみながらただ過去を振り返っていました。書いているとすっきりして、自分の毒が抜けていくのを感じました。

 

それだけでもよかったのですが、自分が思っていたより反響があり、はじめて2日も経たないうちに3000PVを越えました。たくさんの人に見ていただいたことでコメントや個人的にご意見もたくさん頂くことができました。ありがとうございました。本当に嬉しかったです。

みなさんからのアドバイスを受けて、困っていたことがよい方向に向かって自分のなかで解決に近づいているため、このブログはいったん役割を終えます。

 

いろんな方がわたしの書いた記事をきっかけに、カップル(夫婦や家族を含む)、家事のあり方、人間関係などについて考えるきっかけになったようでブログを書くひとりの人間としても、とても嬉しい経験ができました。これからも読んだ人が行動を起こしたくなる、そんなブログを書いていきたいです。

 

また、ブログ自体はもともとやっているこちら(http://www.tulip-life.com/)のほうで続けていきますので、よかったら今後はこちらもご覧いただけると嬉しいです。

 

残り数回の更新ですが、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

「期待」と「信頼」の間で

今朝はいいことがあった。朝起きたら洗濯物が干されていた。今夜やろうと思っていた家事だけれど、同居人が夜のうちにやってくれたらしい。こんなこと、今まであったっけ。

 
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考えてみたら、あったと思う。わたしのほうが残業が多くてなかなか家事ができないとき、忙しい彼もさすがに見かねてやってくれていたときがあった。

ただ、毎回といっていいほど干された服の袖がまくれていたり、タオルがまがっていたり、シワシワのままだったりして納得がいかずつい文句を言いたい気持ちになっていた気がする(実際に文句を言ったことはないけど、きっと態度には出ていたのではないだろうか)。

 

そうか、と気がつく。わたしは同居人がやってくれたことに対して感謝できていなかった。また反省した。この間から反省してばかりだ。

 

わたしは彼に対して期待しすぎていて、自分が求めるレベル(たぶんちょっと求めすぎ)で家事をやってほしかった。でもそれはいつも裏切られていたから、わたしはいつも不満に感じていたんだと思う。でもそれって、どうなんだろうか。

 

いくら家事をやりやすいように設備を投資して(珪藻土バスマットを買ったり)、工夫して(忘れやすい家事はリスト化して都度LINEのノートに更新したり)いたとしても、相手ができないとがっかりするのは身勝手だったんじゃないだろうか。一方的に理想を押し付けていたかもしれない。家事がやりやすい環境づくりは話し合って進めた訳じゃなく、わたしが推測してひとりで考えてやっていた。彼の気持ちは考えられてなかった。

 

先日のみどりさんの記事で「相手を信頼してない」という文字を読んではっとした。

 

信頼は、文字通り「信じて頼る」こと(相手主軸、結果ではなく前提に重きをおく)だと思う。期待の、「実現するだろうと望んで待つ」(自分主軸、結果に重きをおく)と比較すると対照的に感じられる。

 

わたしは家事ストライキをして、よくも悪くも相手に期待をしなくなったら、なぜか同居人が家事をしてくれた。わたしも、干された洗濯物が曲がっていてもむっとはしなかった。これが期待しないということなのか。たぶんきっと、わたしは期待しすぎていた。

 

もしかしたら、わたしたちの関係は家事ハラスメントのようになっていたかもしれない。ブログを書きはじめるまでは、「なんでやってくれないんだろう」と彼に対して憤りばかりあったのに、今では「悪いことしたかな」と反省している。もちろん、自分だけが悪い訳じゃないけれど、少なくとも彼を責める気持ちはすーっとどこかへ消えていったような気がする。

 

これからは、信じて頼ってみたい。そして自分も信頼される人間になりたい。

ただいま家事ストライキ中につき

逃げたくないと言ったからには、向き合ってみようと思う。だから、家事をやってあげるのはやめた。

 

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こう書くと誤解されるだろうなと思うけれど、実際やってあげるのはやめた。家事をやらないわけではなく、“彼のために“と思ってやっていた、わたしが本当はやりたくないことを我慢してやるのはやめた。だから部屋には洗ってない皿や服が積み上がり、ほこりが少し床に落ちている。少し嫌だけど、実験のつもりでそのままにしてみる。

 

どうしても嫌なら、自分の分のついでにやる。でもそれは、自分がやりたくてやるものなのでいつもよりはりきってやる。

お弁当も自分の分だけ(余ったおかず、食べたかったら食べてもいいよ)、お風呂も自分のために沸かして(湯船に残したお湯、入りたかったら入ってもいいよ)、そんなことをしてたらいつの間にか鼻歌を歌っていた。丁寧に磨きあげたグラスはピカピカで気持ちがいい。だけど洗濯機の前の洋服の山は見ないふりだ。それもそれでいい。

 

たしかに、ぷんぷんと不満げに家事をするより、多少手抜きでもごきげんで家事をやれているほうが家事を“やってあげる“という気持ちにならず、お互いに気持ちよく過ごせている。同居人にとっては、家事がたまることより、帰ったら不機嫌なわたしに怒られるほうがよっぽど嫌なことだったろう。

 

今まで、悪いことしたかなとちょっと反省している。さあ、なにか変わるかな。

 

わたしがあなたに返してほしかったのは

もう終わったことだけれど、わたしは一時期彼に10万円ほど貸していたときがある。


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現金を貸していたわけでなく、生活費をひと月ごとに精算する際、彼の負担額をわたしに返してもらえなかったらいつの間にかその額になっていた。最初は数千円だった。(彼の方から借用書を書いてくれた。あとで調べたら正式な形式だった。彼は大学の入学金を親戚に立て替えてもらい大学に行っていたから、そこで覚えたのだと思う。)

彼は入社当初(試用期間だったからか)給料はわたしより低く、彼の家庭事情(詳しくは書かないけれど、それなりに訳あり)も考えたら、わたしも無理に払ってとは言えなかった。

 

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